わかりそうでわからないこと。

いろいろな視座

2018.11.6の日記 

 

今日、寝る前の、長女とのやりとりを記しておきたい。 



 

彼女が初めて飛行機に乗って、雲の上から空の様子を観察していて思ったこと、だそうです。

 

 

長女「ママは雲なんだね」

 

私「また、急になにに気づいたの」

 

長女「雲はさ、これっていうかたちがないのに、みんな雲だって思うから。」

 

私「・・・あ~。流れ続けているし。」

 

長女「たとえば今わたしがみた雲は、次の瞬間にはないんだよ、雲だって思ったあの雲はもうないの、誰にも見えなくなる」

 

私「つかめない。」

 

長女「そうそう、だからね、安井ちさとだと思ったら、安井ちさとはもういないの」

 

私「それ、なんかすごい事いわれてる気がするなあ」

 

長女「あと、飛行機にのったときにきづいたんだけど、雲の中にいるときは雲がなんだかわからなくなる」

 

私「そうだよね」

 

長女「あのときって、きっと雲に入るってきづいてなかったら、自分がいるのは雲の中だってわからないじゃない」

 

私「ほお~。」

 

長女「で、雲を抜けたら、あれは雲だったって気づくでしょ、あそこにいたんだなって、でもそのときみてるものって、感じたものではなくなってるの、わたしが感じたもののほうが、もっと雲なのかもしれないでしょ」

 

私「そうだよね」

 

長女「ママの作品をみてたらそれだと思った」

 

私「お~。」

 

長女「わかる?」

 

私「うん、、、あ~、どうかな、でも感覚的によくわかるきがしたよ、ありがとう」

 

長女「うん、あとさ、「極限の現実」ってそれ現実なのかなあ~。気になるよね、おやすみ~」

 

と、捨て台詞のようなこといって、長女は眠りにつきました。夜みんなでみていた海外の推理ドラマに出てきたセリフが気になっていたんだな。

  

 

たま~に、なにがあったのかね?と思うような発言をするうちの長女なのですが、なんだか今日はまた、面白かった。

 

こういうやりとりにわたしはかなり救われています。