欠けているのではなく、そう見ているだけ。

いろいろな視座

わたしは自分に与えられたものは、それが他人から見て「強み」と言われようが「弱み」とジャッジされようが、どちらもぜんぶ使って死にたいと思う。

 

「強みを活かしましょう」ってみんないう。それはそれでいい。評価される、感謝される、お金になる、社会的な自信も付くのだろう。だけど、それだけだとなんかつまらない。わたしは一生、自分の弱いと思っている部分を、強さだけでカバーしていくような人生にはしたくないのだ。

 

「そこ弱い」「下手」だけど…でも「なんかオモロイし!!」って思ったものは、どこか視点を変えれば、活かせる方法や場所がある気がしてならないのだ。そもそも「弱みだから活かせない」と思いこんでいるのは、自分の視野、もしくは生活しているコミュニティの世界が狭いからなのではないかと思う。
(まったく出来ない、やりたくないこと、なんかやらなくていいけど。それは自分より得意なひとにやってもらえばいいだけの話。)

  

わたしにとって絵画というものは、そういう可能性を残してくれている。もともと、すごく不器用だし下手くそだ。でもそこで、意外と面白い作用が起こる。上手いひとには引けない線を引く自信がある。だから絵画上の「弱さ」は欠点にはならない。そもそも、欠けている(=それが悪いこと)とジャッジしているのは自分の方だ。

 

「欠けている」と思っているだけで、実は自分でそういう見方をしているだけだ。そういうものが、「もともと在る」と気が付いたこと、の方を大事にしたい。