他人に伝えるという事。

ひとtoヒト

 

 

Skinner Waltzのラジオ。ラジオトークというアプリを使って始めています。

始まってから1か月以上経ちました。

この活動を始めてみて、気づいたことがひとつありまして。

それは、自分は伝えてるつもりだけれど、相手には伝わりづらい言葉づかいや言い回しをしているかもしれないということ。わたしの話し方、癖が強いということ。
これは、話している最中にはなかなか意識しきれない。
他人に向けて話す、というのは難しいのだなと改めて思うのです。



自分一人の世界をぐるぐる回っている言葉なら、究極自分以外の人は全く意味のわからない言葉を使っていても構わない。
あとは、他人に向けて言い放つだけでいいなら、相手が受け取ろうと受け取らないでも良い、というのであれば、言葉のチョイスも言い回しもどんなものであっても構わない。


でも、それを別の人のところまで届けようとしたとき。


自分にわかりやすい言葉、テンポから距離をとる。
自分が楽な言い方、話しかたの癖から距離をとる。

というのって、必要だなと。

もちろんわたしが話しているのだから、わたしなりの話し方でいいというのも、一方では正解。


ただそこに甘んじると、コミュニケーションをとることの出来る範囲ってものすごく狭くなるのかもなと。
別にそれが悪いわけでもないのだけれど、
 

 


「これは伝えたいな」とか、「この視点シェアしたい」
という気持ちがあるときに自分の癖が前面に出過ぎてしまうと、
真意が伝わらないうちに、相手が拒絶反応を起こすこともあるかも。



と、自分の声や、話し方を聴いているうちに思った。


これは、もったいない。
声のトーン、話す速度、話始めの呼吸、接続詞、間の取り方、言葉尻。
全てに意識を払う必要がある。
自分の枠を越えて、他人に届けたいことなのであれば。

 

 

特に話言葉というのは、書き言葉や、或いは私自身の作っている作品よりも「生もの」。生ものなだけに、気を抜くと自分の性質が如実に出てしまう。
あんまり生っぽいものは、他人は受け取りたがらない。  

 

ひとまず、其処を意識するというだけでも、
声の伝わり方は変わるかもしれない。



今はSkinner Waltzのラジオは夏休み中。


ラジオで話すのによさそうな事柄を、海岸で貝殻拾うようにして拾い集めています。
これを夏休み明けのラジオで話すときには、これまでよりも伝わりやすい「話し方」をしたいなと。
 

 

生の声で伝えることの意味を、考え始めた夏休みの中盤。
引き続き、試行錯誤してみます。