「自己表現」という言葉について。

それぞれのアート

ふだんから「何を表現しているのですか?」「自己表現できていいですね」と言っていただく。言っている意味はよく解る。だけど「わたしは媒体であって、自分というフィルターを通して、外部から入れたものを出しているだけなんですよー」と返事するようにしている。

「自己表現」という言葉を使うひとを責めるつもりは全くないし、世の中には感情表現や社会的思想を乗せて発表している作品も多い。むしろ、そういうコンセプトや思想がある方が解りやすいとも言える。けれども、それがなければいけない、というのもどうかと思う。

 

そもそも「自己表現」云々とか言い出したのは、近代ヨーロッパあたり。(日本の江戸時代にはアートという概念すらなかった。)フランス革命のころ、近代化が進み市民、大衆にも音楽が広まってゆく。ベートーヴェンは王侯貴族との主従関係ではなく、大衆に向けて自由に表現をしたひとである。(つまり初のフリーランス音楽家なのだ)絵画でいうとドラクロワはフランス革命を描いたが、実際に市民に絵画が広まったのは、もう少し後の話である。 

         

教会からも王侯貴族からも解放されて、人間らしく生き、言いたいことを言えるようになったのにもかかわらず「自己表現」であるがゆえに、だんだんと自意識に苛まれていく道をたどるというのも皮肉な話だ。
どっちがシアワセなんだか……自由ってなに?自己表現ってなに?